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NO.01 秋の夜長はJAZZ!

秋の夜長を楽しむ方法はたくさんあるが、オイラはやっぱりJAZZ!中でもJAZZ PIANOが大好きだ。
そう、ピアノ・トリオの演奏がたまらない。ピアノ・トリオのご機嫌な演奏に、バーボン、外に美しい夜景でもあったら、もう死んでもいい!大げさでなく、そう思うほど好きだ。

オイラをそこまでにした憎いヤツがいる、Wynton Kelly(ウイントン・ケリー)という黒人ジャズ・ピアニストだ。

古い話で恐縮だが、今から25年程前、行きつけの中野のレコード屋のオヤジに「いいのがありますよ、聞きます?」と言われたのが、Wynton Kellyとの出会いだ。
ショックだった、しばらく動けないほどショックだった。ビートルズに出会ったときと同じ、それだった。聞いていると身体全体に快感が走る。それからオイラはWynton Kellyを夢中で追いかけた、お陰で持っていないレコードはないだろうと思うほど集めた。
その中でもオイラが好きな5枚のアルバムが右のものだ。

Wynton Kelly ならではのリズム感の良さ、フレーズを組み立てる際の、一音一音を選択する際のセンスの良さ、ハネ気味なノリだが、気持ちよくスイングするピアノは、どのアルバムでも健在だ。ノリの良さゆえに、Wynton Kelly のことを「ハッピー・ピアニスト」とする向きもあるが、単に「ハッピー」なフィーリングを身につけたピアニストではない。
オイラがWynton Kelly に惹かれる最大の理由の一つは、ノリの良いフィーリングの陰にチラッと見え隠れする、一抹の寂しさなのだ。
心地よくスイングするリズミックなピアノから、ほんの一瞬だけ感じる溜息。単に気のせいなのかもしれないが、オイラには一抹の寂しさを感じる瞬間がある。かといって、内容は暗いというわけではない。むしろ、明るく爽快なぐらいだ。聴こえてくる音と、聴こえない音の部分から感じられるまったく別なフィーリングのギャップ。これがたまらないのである。

Wynton Kelly は、1931年12月2日ニューヨークのブルックリンに生まれ、1971年4月12日カナダのトロントで死去。なんと40才という若さで逝ってしまった。なんとも惜しいことだ。
1943年にプロ入り、15才でRay Adamsのコンボに参加、カリブ海周辺を巡演した。以後、Lester Young、Dizzy Gillespieらと演奏。
1952~54年は軍隊にとられ、除隊後再びGillespieのバンドに参加したという。
1957年12月、自分のトリオを率いた。
1959年にMiles Davis のコンボに招かれ63年まで在籍、人気を博した。その後、Paul Chambers、Jimmy Cobbとトリオで活躍。黄金時代を築く。

マイルス・デイヴィスに「ケリーはマッチみたいな奴だ。奴がイナけりゃプレイに火がつかねぇ」と言わしめた男。
秋の夜長をそんなケリーと過ごしてみませんか?もちろん、一人でも、大切な方とでも、それはあなたのご自由に。
だってケリーは、どんな時でもいつも同じ調子で、ご機嫌に語りかけてくれるから…。



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